この題名の本が、岩波ジュニア新書として、昨年10月に発売された。
ドラフト1位で入団してプロの道に進んでも、思い通りの成績を残せず、誰からも気にかけられず、ひっそりと引退する。しかし、その引退後も、元ドラフト1位選手は生活し、自分の居場所を求めて生きていくことになる。選手としてではなく、人間として真価が試されるのは、このユニフォームを脱いだ後だ。新たな道を歩いているその後の人生や現況をこの本は、7人の元ドラフト1位選手にスポットを当ててルポしている。
もともと、私は、プロ野球やJリーグなどの競技自体に関心はない。真剣勝負の中で戦うアスリートの人としての生き方や考え方に、興味がある。たとえば、サッカーに全く興味がないし、その中で本田圭祐がどのぐらい活躍しているかは関心がない。本田圭祐が不調の時、練習の時、本番前の直前のときに、どのような考え方で望んでいるのか、他者から強烈な非難を浴びたときにどのようにして立ち直るようにしているかという点こそ、知りたいと思う。日頃の考え方、生活習慣のもって行き方、何が価値観の中心にあり、どのような行動原理によって貫かれているのか、われわれ凡人と大いに異なる点は何か、あるいは、われわれが優柔不断なのに対して徹頭徹尾一貫している考え方や意思力はどのように培われたか、その情熱を持続させる背景や心の根底には何があるのか、大いに興味がそそられる。
以前、オリンピックに出場して2回戦で敗北した井上康生選手は、負けた当日の夜、記者室に「失礼します。」とお辞儀して入室し、PCでメール等を打った後、「失礼しました。」といって礼儀正しく立ち去ったそうである。当時の井上康生と言えば、日本中から金メダルの期待を一身に背負っていた男である。それが、結果2回戦敗退。記者室は、オリンピックニュースをいち早く届ける役割を負う。この部屋に入ったら言い訳や愚痴を言いたくなるのが普通と言えよう。それを微塵も感じさせない立ち振る舞い。この話をテレビで知って、当時、私も井上康生のような心を身につけたいと思ったものであった。
この本の中にも、珠玉のような言葉がある。その一例。
水尾嘉孝(みずお・よしたか)。大洋→オリックス→西武→米国大リーグ エンゼルス3A等を経て、現在、自由が丘のイタリアンレストラン「トラットリア ジョカトーレ」オーナーシェフ。現在48歳。
選手を引退したら野球とは関わらない。選んだのが料理の世界。いっぱしの料理人になるには10年かかる。この決意を固めたとき、水尾さんは38歳。遅すぎるルーキーだ。
料理人修行の最初は皿洗いでした。料理人の世界は厳しい。それでも水尾さんは頭を下げて修行させて貰うことにした。
「18,19歳の人なら「遊びたい」「この道でいいのか」という迷いもあるでしょうが、私にはもう選択肢はありません。言われたことは全部「はい」と聞きました。・・・学ぶときに大切なのは、謙虚になること。そして、しっかりとまわりを見ること。「僕、やってます!」はいりません。」
「引退したら野球の世界から離れようと決めていたのは、「昔はよかった」と思いたくなかったから。私が関心のあるのは明日のことです。楽しいのは過去ではなく、絶対に未来です。何でも、自分の力で変えられる可能性があるから。明日を変えるためには、知識も技術も経験も身につけなければなりません。」
スポーツだけでなく、われわれがいるビジネスの世界でも、事業に失敗したとき、引退したとき、後継に事業を譲ったとき、そこでゲームセットではない。その後、どのように生きるのか、どのように社会と関わっていくか、自分の居場所をどのように見つけるかなど、この本から学ぶことがたくさんあると思う。
平成29年3月20日 タフで、やさしく、あれ 公認会計士 村山秀幸